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2006年7月26日 (水)

受刑者処遇法の運用その2 旧態依然の懲罰手続

 旧監獄法が懲罰の要件と手続を法定していなかったのに対して、受刑者処遇法はこれを法定した。しかし、懲罰に関する限り、受刑者処遇法施行後も目立った変化はないようである。
 受刑者処遇法110条は、「受刑者に懲罰を科そうとする場合には、法務省令に定めるところにより、その聴取をする3人以上の職員を指名した上、その受刑者に対し、弁解の機会を与えなければならない。」と規定している。権力的処分に関する聴聞手続という当然の大原則を懲罰について初めて法定したものであるが、これについては、従来から行われている懲罰審査会を想定したものとされている(『刑政』117巻3号、2006年3月、富山聡)。
 しかし、従来から懲罰審査会は「受刑者の弁解を聴く」(聴聞)とは名ばかりで、受刑者一人を所長(又は次長)以下の幹部職員が取り囲んで罵詈雑言を浴びせ、「言葉によるリンチ」を行う場というのが実態であった。毎回毎回そうではなかったにせよ、そういうケースが少なくなかったのは事実である。筆者もそれは体験している。
 懲罰審査会のこのような実態は、受刑者処遇法施行以降も続いているらしい。九州地方の某刑務所からこのような懲罰審査会についての訴えが届いている。「弁解の機会」と言いながら「リンチの場」に引き出し、「これが権利」と言いながら暴言を浴びせかける、これほどの不条理と屈辱はない。しかも、若い看守の逸脱行為ではなく、所長以下の幹部が顔をそろえて組織的にやっているのである。
 これでは、若い受刑者など「刑務官とは何て下劣なやつらだ」「言ってることとやってることが違うではないか」「国家も最後は、やくざと口調も手口でくるのか」と実感し、「改善更生」どころか「犯罪性向」を強めてしまうであろう。
 しかし、懲罰手続が法定された以上、このような実態はもはや通用しないし、させてはいけない。裁判所も不服申立審査会(調査検討会)も、受刑者に寄ってたかって罵詈雑言を浴びせるだけの懲罰審査会をさすがに「弁解の機会を与えた」とは認めないであろう。刑務所当局も法務省矯正局も懲罰手続が法定されたことの意味を、よくよく考え直し、早急に是正に動くべきである。

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2006年7月25日 (火)

受刑者処遇法の運用その1 友人との外部交通はかなり定着

 受刑者処遇法の施行(5月24日)から2か月がたった。この間、文通の相手方が新法93条のの条文どおり原則無制限となるのかどうか、また、新法89条2項で裁量的に認められた友人との面会が実際どの程度広く認められるのか、最も注目された。この点については、友人との面会、文通を広く認める運用がほぼ定着していると言ってよい。
 知る限りでは、文通が認められなかった例としては、旭川刑務所で受刑中に知り合った出獄者から受刑者への手紙が交付されなかった1件だけである。これは通達で文通を認めない場合として暴力団員と受刑者が挙げられているので、出獄者も受刑者に準じて不許可にしたものと推測される。しかし、受刑者等についても一律に判断すべきでなく、本人との関係で個別具体的に判断すべきことが通達にも述べられてはいる。
 面会についても、これまで受刑者本人の意に反して認められなかった例は聞いていない。もっとも、信書と違って友人との面会は裁量的許可なので、今後、通達で明記されている暴力団員以外にどこまで不許可になるケースも出てくるのか注目される。受刑者も手獄者も高齢化しており、友人の支えなしに社会復帰がますます困難になっていることを考えると、面会に関しても比較的緩やかな運用がこのまま維持されることが望まれる。

友人との面会文通が確認できた刑務所(統一獄中者組合のWebSiteより)

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