受刑者処遇法の運用その5 懲罰に対する不服申立てを100%門前払いするおかしな不服申立制度
受刑者処遇法が施行されて9ヶ月が過ぎようとしている。この間に受刑者処遇法の運用の光と影が徐々に明らかになっている。
光の最たるものは外部交通である。友人との面会・文通は運用としても大きく開かれた。民間の人権団体(監獄人権センターと思われる)への信書の発信を不許可とした刑務所長の処分を追認しようとした法務大臣の処理案を、不相当として覆した不服審査調査検討会の決定によって、この流れは確定的なものになっている。
影の最たるものは法53条の「隔離」(昼夜独居)の厳格な要件を脱法して、省令レベルで新たな昼夜独居を創出した「制限区分第4種」の制度である。これは「立法詐欺」とも言うべきものである。しかし、最近、これに匹敵する第2の「立法詐欺」候補が明らかになった。
受刑者処遇法は、懲罰や隔離など施設長の重要な処分に対する「審査の申請」、暴行・戒具使用・保護室収容(職員の事実行為)に対する「事実の申告」、対象事項に制限のない施設長・監査官・法務大臣への「苦情の申出」という3つの不服申立制度を創設した。「苦情の申出」は単なる苦情処理の制度であるから、前二者が正規の行政上の不服申立制度といえる。
「審査の申請」の対象は法112条1項1号~15号に列挙された施設長の処分に限定されるが、このうち「最も典型的な不服申立ての対象は?」と問われれば、多くの人が「懲罰」と答えるであろう。懲罰は施設長の権力的行為(行政処分)の代表であることは、誰しも否定できないからである。逆に言えば、懲罰に対して実効的に不服申立てができなければ不服申立制度の名に値せず、そのようなエセな不服申立制度しか持たない拘禁制度は現代的な国際人権水準に照らして失格だということである。
ところが、まさにその懲罰に対する審査の申請を事実上100%門前払いする運用が現に行われている。以下がその裁決書の見本である。法務大臣名のこの裁決書は「執行を終了した懲罰に対する審査の申請は、処分を取り消す法律上の利益を欠くから不適法」として却下するとしている。
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法務省矯総第○○○○号
裁決書
事案番号 平成18年(再審)第○○号
再審査申請人 ○○○○
○○市○○○○(○○刑務所内)
処分庁 ○○刑務所長
審査庁 ○○矯正管区長
上記再審査申請人から平成18年7月18日付けでなされた○○矯正管区長が申請人の審査の申請を却下した裁決に係る再審査の申請については,次のとおり裁決する。
主文
本件再審査の申請を却下する。
理由
1申請の趣旨
○○刑務所長が平成18年6月2日に再審査申請人に対して科した懲罰の取消しを求めるため,同月7日付けをもって,○○矯正管区長に対して審査の申請をした。しかし,同管区長は,同月21日付けをもって当該審査の申請を却下した。そこで,同所長が科した懲罰の取消しを求める。
2 判断
本件再審査の申請は,平成18年6月2日に執行が終了している懲罰の取消しを求めたものであり,不服を申し立てる法律上の利益を有しない不適法なものである(○○矯正管区長の判断も同趣旨である。)から,刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律第117条第3項の規定により準用される行政不服審査法第40条第1項の規定により,主文のとおり裁決する。
なお,職権をもって調査したところ,本件懲罰を科した○○刑務所長の処置に不当な点は認められない。
平成18年9月4日
法務大臣 杉浦正健
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確かに、行政事件訴訟法や行政不服審査法の解釈や行政救済法の一般理論では、行政訴訟でいえば訴訟要件に当たる実質審査の前提要件として、「訴えの利益」に当たる「争訟の利益」「(処分)取消しの利益」を要求している。また、執行を終了した懲罰にもこの「取消しの利益」が認められるかについては、これを否定するのが地裁レベルの裁判例の多数派である。法務省はこの一般理論を新法の審査の申請に適用したにすぎないように見える。
しかし、これでは懲罰に対する審査の申請を「適法」に行うことは事実上不可能になる。なぜなら、まず戒告罰などは告知と同時に執行されるから審査の申請は不可能である。これは軽いからよいとしても、閉居罰も告知後ただちに執行するのが原則だから、閉居罰の執行中に審査の申請をするしかない。矯正局長通達で、審査の申請の申し出があった場合には懲罰の執行を最長7日間延期できることになっているが、延期される保証はない。延期されない場合、1日4時間以内で最長7日間の認書が認められるが、このようなことが可能であることは受刑者に周知されていない。また、周知されたとしても、このような悪条件下で申請書を書き上げたり、閉居罰執行中に審査の申請を申し出ることは、受刑者にとって心理的にも非常に困難である。
この困難をクリアして審査の申請をしたとしても、裁決が出るまでには閉居罰でもほとんどが執行を終了してしまう。矯正管区長の裁量による執行停止の制度もあるが、それは受刑者に周知されておらず、執行停止される保証もない。2ヶ月の閉居罰という例外的な上限のケースでも、矯正管区長は90日以内に裁決すればよいのだから、懲罰の執行が終わるまで待つこともできる。要するに、矯正管区長はその気になれば、どのような懲罰に対する不服申立てでも100%却下できるのである。これで果たして実効性のある不服申立制度、行政救済制度と言えるであろうか。
さらに、法務大臣が再審査の申請を棄却する場合には第三者機関である不服審査調査検討会のチェックを受けるが、再審査の申請を却下する場合にはこのチェックを受けないことになっているので、懲罰に関する限り第三者機関が実質審査する機会も全くないということになる。
法務省の法112条1項の解釈・運用は以下の理由で誤っている。
① まず、懲罰を不服申立ての対象としておきながら、ほぼ100%門前払いしてしまうような法解釈が正しいはずがない。法112条1項が懲罰を審査の申請の対象とした趣旨を活かす解釈・運用をすべきである。
② 行政争訟に関する一般法として対象事項を限定しない行政事件訴訟法や行政不服審査法の解釈としては、争訟の形式的要件として「争訟の利益」「取消しの利益」を要求しないと収拾がつかなくなるとしても、もともと対象事項を吟味・限定している受刑者処遇法上の不服申立制度にこの一般理論をそのまま適用する必要はない。
③ 現に、受刑者処遇法が創設したもう一つの不服申立制度である「事実の申告」は、「取消しの利益」がそもそも考えられない「継続性のない事実行為」について、刑事施設の特殊性から特に不服申立てを認めるために、まさに創設された制度である。「事実の申告」との対比からも、法112条1項が「審査の申請」の対象に「執行を終了した懲罰」を創設的に含めたと解釈して何ら不都合はない。
④ 「執行を終了した懲罰には取消しの利益がない」という理論は判例上も確立した理論ではない。最高裁はもちろん高裁レベルの判断はまだない。地裁レベルでも、身分帳の記載や仮釈放への影響では「取消しの法的利益」としては足りないとしながらも、旧法時代の累進処遇への影響については判断を留保したものもある。受刑者処遇法施行規則(法務省令)45条5号6号は、受刑者の発信回数に直結する優遇区分の懲罰歴による必要的指定・必要的変更を明記しており、これ一つを取っても従来の下級審裁判例の理論の見直しを迫るものである。
⑤ 法112条1項各号が列挙する審査の申請の対象事項のうち、時間の経過と共に「争訟の利益」が失われる可能性があるのは、実は、6号の保安上の隔離、13号の懲罰、15号の取調べのための隔離の3つしかない。このうち、6号の保安上の隔離は長期化が予想されるので、「取消しの利益」を要求しても却下されるケースは少ない。15号の取調べのための隔離は「取消しの利益」を要求すると懲罰と同様にほとんどの不服申立てが却下される結果になる。これについては懲罰と同様に執行終了後の申請を認めるか、「隔離については後の処遇への影響が少なく、まさに解除させること取消しの唯一の実益だから、救済されるケースが少なくてもよい」と割り切るか、どちらの解釈も成り立つであろう。
要するに、行政救済法の一般理論から離れた特別の解釈を必要とするのは、法112条1項各号のうちでも懲罰だけと言っても過言ではないのであり、このような解釈を採用しても一般理論に対する影響は少ない。
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「審査の申請」の対象事項(法112条1項1号~15号)
①領置金の使用不許可、保管私物と領置金品の宅下げ不許可
②指名医による診療の不許可、指名医による診療の中止
③一人で行う宗教行為の制限
④書籍・新聞の閲読の制限
⑤検閲のための翻訳費用を負担させる処分
⑥保安上の隔離
⑦釈放時の作業報奨金の支給に関する処分
⑧作業上の負傷・疾病が症状固定した場合の障害手当金の支給に関する処分
⑨作業上の負傷・疾病が釈放時に症状固定していない場合の特別手当金の支給に関する処分
⑩信書の発受の相手・内容・方法による制限、自作の文書図画の宅下げに関する制限
⑪差止めした信書、削除した信書の一部、信書の抹消部分の複製を釈放時に引き渡さない処分
⑫面会・電話通信・信書の検閲のための通訳・翻訳費用を負担させる処分
⑬懲罰
⑭反則行為に関わる物を国庫に帰属させる処分
⑮反則取調べのための隔離
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⑥ この問題をどう考えるにしろ、執行中の懲罰案件であると分った時点で矯正管区長が機械的に懲罰の執行停止をすることが門前払いを減らす必須条件である。しかし、仮にそのような運用をしても、その時点では懲罰事案のうち相当数が執行を終了しているであろうし、実質審査と門前払いの境目が偶然に左右されすぎて、これでは制度に対する信頼を確保するには決定的に不十分である。懲罰執行中に申請をする困難さの問題も残る。
⑦ そもそも、法律には素人であり、閉居罰執行中で誰とも相談できない受刑者に対して、行政法の専門家がするような「取消しの利益」の議論や執行停止に関する細かな争訟技術を要求すること自体が、非現実的かつ不当である。新法が懲罰を不服申立ての対象として宣言しながら、実際にはそのほとんどを門前払いする運用を続けるなら、それは「立法詐欺」と言われても仕方がない。
「立法詐欺」のような運用によって受刑者が抱く失望感、無力感、社会や人間一般への不信感は、「改善更生の意欲の喚起」(法14条「受刑者の処遇の原則」)とは全く逆の、自暴自棄や精神的荒廃へと受刑者を追いやるであろう。その意味でも、百害あって一利もないこのような誤った法解釈・運用は直ちに改められなければならない。
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