2007年4月25日 (水)

受刑者処遇法の運用その6 日付が1日違っただけで「そんな懲罰は存在しない」

 法務省は、執行を終了した懲罰に対する審査の申請を不適法として却下するという、不当な運用を行っている。このことは既に批判しておいた。ところが、この不当な運用を前提として、さらに不当かつ安易な不適法却下が横行していることが明らかになった。
 以下は、東京矯正管区が今年行った不当な裁決の一例である。
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裁決書

事案番号 東管平成18年(審)第○○○号
審査申請人 ○○○○
      ○○市○○○○(○○刑務所内)
処分庁 ○○刑務所

 上記審査申請人提出に係る平成18年12月20日付け審査の申請について、次のとおり裁決する。

主文
 本件審査の申請を却下する

理由
1 申請の趣旨
 処分庁が平成18年12月6日に申請人に対してなした懲罰処分について、その取消しを求める。
2 判断
 処分庁が平成18年12月6日に申請人に懲罰を科した事実はなく、本件申請は存在しない処分の取消しを求める不適法なものであるから、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律第116条第2項の規定により準用される行政不服審査法第40条第1項の規定により、主文のとおり裁決する。
 なお、審査庁が職権により調査したところ、平成18年12月7日、処分庁が申請人に対して閉居7日の懲罰を科した事実が認められるが、当該懲罰処分は同月13日にその執行を終了しており、既に不服を申し立てる法律上の利益を有していないので申し添える。

平成19年○月○日 東京矯正管区長 柴田元始
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 この裁決の最大の問題点は、審査対象である懲罰処分の処分日の記載が1日違っていただけで、「不適法」として却下している点である。おそらく、申請人(受刑者)は「申請の趣旨」として「12月6日に○○刑務所が私に対してなした懲罰処分を取り消す。」というように書いたのであろう。そして、刑務所の記録では懲罰処分の日は「12月7日」となっていたのであろう。確かに、審査対象が特定されなければ審査のしようはないから、取り消すべき処分の特定は審査の申請の必須の要件である。しかし、逆に言えば、特定されてさえいればよいわけで、何も処分日の日付で特定する必要はない。申請人(受刑者)が記載した処分日の前後に他に該当する懲罰処分がなければ、申請書の記載全体から審査対象は「12月7日」の懲罰処分に特定されたものとして、実質審査をすればよいのである。
 さらに言えば、申請人(受刑者)が処分の特定の仕方として「○月○日に○○刑務所がなした」と記載したのは、法務省の用意した記載例がそういう書き方しているからであり、誤記の責任の一端は法務省にもある。そもそも、懲罰処分は口頭で言い渡されるのであり、受刑者は処分日を知りようがない。「処分日」なるものは、要するに、処分権者が正式な記録に何日と記載したかによって決まるとしか言いようがない。それは懲罰を告知したその日であってもよいし、その前日の懲罰審査会の終了直後であっても何ら不思議ではない。書面で告知されるなら、処分日の記載もあるから、受刑者も処分日を確知できるが、口頭の言い渡しでは確かめようもないのである。したがって、取り消すべき処分の特定の仕方としては、「私に対して○月○日に告知された懲罰を取り消す。」とするのが素直であり、かつこれで十分である。しかるに、法務省が用意した記載例にならって、「○月○日に○○刑務所が私に対してなした」と無理に書こうとすると、本来知りようのない処分日を推測して書かざるを得なくなるのである。
 それでは、東京矯正管区長はどうすればよかったのか?処分日の記載が1日間違っていても処分の特定はあったものと善解して、実質審査をすればよかったのか?それとも、日付の誤まりを補正させたうえで、実質審査すればよかったのか?しかし、悲しいかな、「執行を終了した懲罰に対する審査の申請は不適法」という法務省の現在の解釈・運用を前提とする限り、本件ではどうやっても実質審査に入るわけにはいかないのである。
 処分日が誤記されいている場合、本来なら補正が可能であるから、矯正管区長は相当の期間を定めて補正を命じなければならず(受刑者処遇法114条によって準用される行政不服審査法21条)、いきなり申請を却下することは許されない。ところが、本件の場合は、法務省が「執行を終了した懲罰に対する審査の申請は不適法」という誤った解釈・運用をしているため、処分日の記載を訂正しても結局は却下を免れないため、「補正不能」の場合と同様にいきなり却下されているのである。これが本裁決の後半部分である。
 しかし、これは二重に誤りを重ねているに過ぎず、受刑者にとっては混乱に拍車をかけるものでしかない。あなたが市役所か税務署で不利益な処分を受けて審査請求をしたら、処分の日付を1日間違えただけで「そんな処分は存在しないから不適法」と言われて、いきなり審査請求を門前払いされた。これで納得する人がいるであろうか?また、逆に、わざわざ日付を1日訂正させたうえで、別の理由で結局門前払いされたら、これも腹立たしいに違いない。こんな訳の分らないことになるのも、「執行を終了した懲罰に対する審査の申請は不適法」などという誤った解釈・運用を、無理やり貫こうとするからである。

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2006年9月15日 (金)

受刑者処遇法の運用その3 新法運用の最大の争点になるか? 制限区分4種による隔離処分の脱法

 受刑者処遇法以前には、全受刑者の約4%が継続的な昼夜独居(旧監獄法施行規則47条の「戒護のための独居」、「保安上独居」「処遇上独居」ともいう)の状態に置かれていた。このうち20人以上が10年を超えており、最長では40年近く昼夜独居拘禁が続いている人もいた。
 昼夜独居拘禁にしなければならない受刑者というと、いかにも「暴れ者」のようなイメージを持つが、実際には、刑務所を相手に訴訟を起こすと必ずと言っていいほど昼夜独居にされるなど、旧法下ではかなりルーズに昼夜独居が多用されていた。
 受刑者処遇法では、旧監獄法施行規則47条の「戒護のための独居」に相当する「隔離」の処分をその要件を法律で明文化した。また、更新の上限こそ規定しなかったものの、原則的な隔離期間を従来の6か月から3か月に短縮し、更新の期間も従来の3か月ごとを1か月ごとに短縮した。
 これによって、従来のように刑務所相手の訴訟を起こしただけで昼夜独居にされるような事例はなくなり、昼夜独居自体が減少することが期待された。
 ところが、新法施行以降、確かに隔離処分になった受刑者の話はあまり聞こえてこないものの、相変わらず昼夜独居のままだったり、新たに昼夜独居にされた受刑者が多い。中には、この昼夜独居について正規の不服申立手続である「審査の申請」をしたら、「隔離ではないので審査の対象外」と明確に却下された人もいる。
 おそらく、受刑者処遇法で累進処遇制度に代わる個別的処遇制度の一環として導入された「4種の制限区分・5類の優遇区分」のうち制限区分4種が新たな昼夜独居拘禁として活用されているのであろう。確かに、今年5月24日の受刑者処遇法施行の前日に公布された受刑者処遇法施行規則(法務省令)には、制限区分4種は「居室棟内で」処遇するとなっており、同日発出された矯正局長通達では(被隔離者以外の)「昼夜居室処遇者」などという新たな範疇まで作り出している。
 しかし、旧法下において継続的な昼夜独居拘禁の根拠は旧監獄法施行規則47条以外にはない( 衆議院植田至紀議員の「昼夜間独居に関する質問」に対する答弁書2000年12月26日、別表一を参照のこと)。また、原則6か月、3か月ごとに更新という期間制限も旧法下では旧規則47条の昼夜独居だけではあらゆる独居拘禁に適用される規定であった。したがって、受刑者処遇法も53条の「隔離」以外には継続的な昼夜独居はありえないとの前提で立法されている。期間制限も53条の「隔離」や109条の反則取調べのための「隔離」など「隔離」の種類に応じて規定している。矯正局長通達にある制限区分4種の「指定基準」は「生活態度の不良」など、当然ながら53条の隔離のニ要件とは比較にならないほどルーズである。受刑者処遇法が、このようにルーズな要件で、期間制限もない、不服申立手段もない昼夜独居制度を新たに創設したとは到底考えられない。
 矯正局長通達では被隔離者以外の「昼夜居室処遇者」には運動の集団実施などで他の受刑者と接触する機会を作るべきことが規定されている。これは従来の厳正独居に対する緩和独居に相当するものだが、緩和独居と厳正独居の違いは採るに足りない。集団処遇が厳正独居が雲泥の違いだとすれば、厳正独居と緩和独居の違いなど泥の濃淡の違いでしかない。制限区分4種の昼夜独居化は、隔離の要件、効果(理由告知、期間制限、審査の申請の可否など)の脱法行為であり、到底許されるものではない。
 今後、旧法下で4%だった昼夜独居者が隔離と制限区分4種にどう分化していったか、統計的にも明らかにされるであろう。実態が明らかになるにつれて、新法運用の最大の争点になるかもしれない。

昼夜独居への不服申立マニュアル

10年以上の長期昼夜独居の追跡調査(全4回)

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2006年7月26日 (水)

受刑者処遇法の運用その2 旧態依然の懲罰手続

 旧監獄法が懲罰の要件と手続を法定していなかったのに対して、受刑者処遇法はこれを法定した。しかし、懲罰に関する限り、受刑者処遇法施行後も目立った変化はないようである。
 受刑者処遇法110条は、「受刑者に懲罰を科そうとする場合には、法務省令に定めるところにより、その聴取をする3人以上の職員を指名した上、その受刑者に対し、弁解の機会を与えなければならない。」と規定している。権力的処分に関する聴聞手続という当然の大原則を懲罰について初めて法定したものであるが、これについては、従来から行われている懲罰審査会を想定したものとされている(『刑政』117巻3号、2006年3月、富山聡)。
 しかし、従来から懲罰審査会は「受刑者の弁解を聴く」(聴聞)とは名ばかりで、受刑者一人を所長(又は次長)以下の幹部職員が取り囲んで罵詈雑言を浴びせ、「言葉によるリンチ」を行う場というのが実態であった。毎回毎回そうではなかったにせよ、そういうケースが少なくなかったのは事実である。筆者もそれは体験している。
 懲罰審査会のこのような実態は、受刑者処遇法施行以降も続いているらしい。九州地方の某刑務所からこのような懲罰審査会についての訴えが届いている。「弁解の機会」と言いながら「リンチの場」に引き出し、「これが権利」と言いながら暴言を浴びせかける、これほどの不条理と屈辱はない。しかも、若い看守の逸脱行為ではなく、所長以下の幹部が顔をそろえて組織的にやっているのである。
 これでは、若い受刑者など「刑務官とは何て下劣なやつらだ」「言ってることとやってることが違うではないか」「国家も最後は、やくざと口調も手口でくるのか」と実感し、「改善更生」どころか「犯罪性向」を強めてしまうであろう。
 しかし、懲罰手続が法定された以上、このような実態はもはや通用しないし、させてはいけない。裁判所も不服申立審査会(調査検討会)も、受刑者に寄ってたかって罵詈雑言を浴びせるだけの懲罰審査会をさすがに「弁解の機会を与えた」とは認めないであろう。刑務所当局も法務省矯正局も懲罰手続が法定されたことの意味を、よくよく考え直し、早急に是正に動くべきである。

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2006年7月25日 (火)

受刑者処遇法の運用その1 友人との外部交通はかなり定着

 受刑者処遇法の施行(5月24日)から2か月がたった。この間、文通の相手方が新法93条のの条文どおり原則無制限となるのかどうか、また、新法89条2項で裁量的に認められた友人との面会が実際どの程度広く認められるのか、最も注目された。この点については、友人との面会、文通を広く認める運用がほぼ定着していると言ってよい。
 知る限りでは、文通が認められなかった例としては、旭川刑務所で受刑中に知り合った出獄者から受刑者への手紙が交付されなかった1件だけである。これは通達で文通を認めない場合として暴力団員と受刑者が挙げられているので、出獄者も受刑者に準じて不許可にしたものと推測される。しかし、受刑者等についても一律に判断すべきでなく、本人との関係で個別具体的に判断すべきことが通達にも述べられてはいる。
 面会についても、これまで受刑者本人の意に反して認められなかった例は聞いていない。もっとも、信書と違って友人との面会は裁量的許可なので、今後、通達で明記されている暴力団員以外にどこまで不許可になるケースも出てくるのか注目される。受刑者も手獄者も高齢化しており、友人の支えなしに社会復帰がますます困難になっていることを考えると、面会に関しても比較的緩やかな運用がこのまま維持されることが望まれる。

友人との面会文通が確認できた刑務所(統一獄中者組合のWebSiteより)

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2006年6月 2日 (金)

受刑者処遇法による外部交通(信書発受)の運用

 5月24日に受刑者処遇法が施行され、親族以外との面会・文通が拡大された。これが法文どおり実施されるかが注目されていたが、本日までに福島刑務所、岐阜刑務所、岡山刑務所、徳島刑務所の受刑者から親族以外、しかも団体宛てに手紙が届いた。このほか、山形刑務所の受刑者から親族以外の個人宛てに手紙が届いたことが確認できている。
 受刑者処遇法93条は受刑者の信書の発受を原則自由とし、95条で「犯罪性のある者その他受刑者が信書を発受することのより、刑事施設の規律及び秩序を害し、又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがある者(受刑者の親族を除く)」は例外的に禁止できるとされている。95条を拡大解釈することによって、受刑者と親族以外の文通が旧法時代とさして変わらないまでに極限される懸念もあった。
 しかし、受刑者処遇法は法文どおりに信書の発受を原則自由とする方向で運用されつつあることが、明らかになってきた。この傾向が全国の刑務所で定着し、受刑者の幅広い外部交通権が確立することを期待する。
 このような新法の運用については、今年3月23日に熊本刑務所国賠訴訟で最高裁第1小法廷が行った原告一部勝訴の画期的な判決の影響も無視できない。

この判決の詳しい解説はこちら。

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2006年5月13日 (土)

神戸刑務所事件 過剰収容が生んだ悲劇

 5月3日、神戸刑務所で過剰収容のため独居房に2人の受刑者が収容されていたその房で、一方の受刑者が他方の同房者から暴行を受け、急性硬膜下血腫で翌日死亡する事件が起きた。この事件はまさに過剰収容が生んだ悲劇である。神戸刑務所事件について監獄人権センターが声明を出し、問題点の指摘と解決の方向を提言している。
 刑務所の過剰収容は1999年頃から加速度的に進んでおり、深刻な問題になっている。その原因がありもしない「犯罪の増加」にではなく、重罰化政策にあることは別の機会に詳細に論じた。ここでは最近の過剰収容の深刻さの一端を紹介しよう。
 今年3月に千葉刑務所に参観に行く機会があった。定員6人の雑居房に7~8人が収容され、定員をオーバーした人の分は二段ベッドで対応していた。「二段ベッド」というと子供部屋などで使う高さのあるものを想像するが、実際に見るととんでもない。畳に人が寝ている上にコタツ机より少し高いくらいの高さの木製の長机のような物を置いて、その上に人が寝るような形である。これではさぞかしストレスがたまるだろうと心配した。これは何も千葉刑務所に限った話ではなく、現在どこの刑務所でも似たような状況が見られる。今回の事件はまさにその心配が現実になったような気がする。
 監獄人権センターの声明にもあるように、刑務所の増設は抜本的な解決の方向ではないし、何より、過剰収容の進展に間に合わない。正面からの刑務所人口減少策に早急に政策的に舵を切る必要がある。

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